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森友学園・籠池理事長の証人喚問決定の中で、私達が建て直しの一歩を踏み出すためにやれること。

 

昨日(3月16日)、森友学園事件の舞台である森友学園の籠池理事長が、森友学園を視察に来た参議院予算委員会の人達やそれを取材していたマスコミ各社の前で、「2015年の9月5日に、安倍昭恵総理夫人を経由して、安倍総理から100万円の寄付金を頂いた」との発言を行いました。
その後、野党四党の人達は、籠池氏の自宅に招かれ、一時間ほど籠池氏から聞き取りをしたり、籠池氏と話し合いました。その後、籠池氏はマスコミの前で「後は、国会に行って話す」と宣言した訳です。
このことで、16日の政界は右往左往することになり、マスコミ報道も過熱しました。その上で、自民党の側から「籠池氏の証人喚問は認める」と言われ、与野党協議の結果、「まずは籠池氏を証人喚問しよう。野党が要求している他の人物たちに関しては、野党は粘り強く要求し続ける」と民進党の今井議員が発言しました。
籠池氏の証人喚問は、今月23日(木)に、衆議院参議院で、それぞれ行われる見込みです。

私達が、出来ることは何か?(書き直し)

このことについては、色々書きたいことがあります。しかし、この一連の問題や、その後に控えてる加計学園疑獄・東芝破産問題・防衛省情報隠蔽問題、そして、東京オリンピック招致での賄賂や裏金作り等に伴うマネーロンダリングをフランス当局が捜査しているのについても、日本で資料を押収してたりなど、フランス当局が日本の要職に対して逮捕状や召喚状を出してくる可能性も時間の問題になり始めてる事を考えると、

私が繰り返し論じてきた、
「70年代末期の管理教育や80年代の中曽根臨調を入り口として、今・2017年に至るまでにこの国の社会も人間も、どんどんと壊されてしまったのを、建て直し、社会をよりよく変えていく」

と言う話に沿った話として、今、そして、これから先、私達は何をやっていくべきなのか。自分がやれる中で、何をしていけばいいのか。と言う話を,今回、多くの項目になって、全体としては長くなるとは思いますが、書いていこうと思います。

1.近くでデモなどが予定されていて、時間やカネの都合で行けそうだったら、とりあえず行く。

デモと言うと、安保闘争の頃の物騒なデモや、一昨年くらいまでのSEALDSに代表されるようなリア充っぽいデモを想像してしまい、足が引いてしまってる人も多いと思いますが、あの人達にはそういうやり方があるだけで、別のやり方だってあるし、デモの場所で、何も持たずに立ったり座ったりしておいて、気が向いたら声を上げたりする。と言うのも、立派なデモ参加です。
同じような目標・同じような問題意識・同じような怒りが感じ取れるなら、お金と時間の都合がどうにかできそうならば、デモに一回行ってみてはどうかと思うのです。

2.プラカードなどを持って、盛り場やランドマークで立ってみる。

これは、以前も書きましたね。その手のものを持って立つことで問題を通りすがりの人に訴えると同時に、話しかけられた人と議論や対話をするいいきっかけになるのです。開いてる時間・近くの場所で出来る「小さなデモ」とも言えますね。この手の行為は、警察の人から色々言われたり追い払われたりすることもありますので、可能ならばツイキャスみたいなので生中継したり、小さなレコーダーで音声録音しておいて、トラブルに備えておくと同時に、警察や警備員の態度が厳しそうならば、引っ込んで撤収する必要も出てくるでしょう。

3.プラカードやチラシやポスターを作って、自分や身の回りが使う。ネットにアップする。

いまはパソコンでデザインなどをやりやすくなっていますから、デザインしたものをそのまま電子化出来ますし。手書きでデザインしたものでもスキャナやセブンイレブンのコピー機とUSBメモリでスキャンしておいた上で、後から色々加工するというのも容易になっています。
更には、ファイルアップローダが豊富にありますから、アップロードした上でTwitter2ちゃんねるなどのいろんな掲示板・SNSで告知して拡散を呼びかける。セブンイレブンのコピー機に番号を入れるとコピー機側で印刷してくれる「ネットプリント」なんてのも、非常に便利です。パソコンやスマホで図面をダウンロードしなくて済むので。

www.printing.ne.jp

これらの図面のライセンス(使用許諾条件)はクリエイティブ・コモンズの中でも、改変や無断コピーを許可する物にして「作品」に表示を添えておくといいでしょう。今は、著作権に対して、無関係なのに違反だ違反だと叩くようなおせっかいな人達が沢山いますからね。

creativecommons.jp

4.政治家の事務所や後援会事務所に、手紙を出す、メールする、話をする。

政治家の人達は、一部の人達以外は、地元の人達の「声」に対して非常に敏感です。後援会や支持基盤の団体の言う事しか聞けないことにたいしてあまりよろしくないと考えてる議員は、実は少なくはないです。
だから、私達が、非常に多くの人達が声をあげ・声を届けていくというのは、特に壊れてる世の中を建て直すためには、重要な事になるのです。
政治家だけに任せるのでもなく、私達だけが頑張って空回りするでもなく、お互いを理解できる関係を作れる相手ならば、車の両輪のように噛み合って行かないと、この国のありようを変えていくことは、不可能だと思うのですね。
このとき注意しないといけないのは、「相手の仕事を邪魔しないこと」。声を届ける場合は、急ぎでなければ郵便や電子メールのように相手の負担が増えない方法で。地元に自分の話を聴いてくれそうな政治家がいるようなら、その人の事務所と連絡を取って、ボランティアが必要になってるとき(チラシ折やら議会報告の作業やなんやらで、いつでも「頭数」が必要な政治家の事務所というのは、実はかなりある。)などに行って、その場で、問題意識を話してみたりするというのも、仕事の邪魔をしないで思いを届け、訴えかけるいい方法でしょう。

5.マスコミに対し、報道しない事を報道させ、いい報道があれば、きちんと褒める。

テレビ局などには視聴者受付のテレホンセンターがあるのでそこに電話したり、放送局や番組のホームページから、要望や激励などを送ってみる事です。

マスコミ各社の中でも、今まで色々な「権力」に配慮して報道をやらないでいたことが、それこそ戦後すぐから沢山あった訳です。そして、70年代以降は、マスコミは、政府や大企業のような広告主や、大きなスポンサーのいる政治家、さらには仕事の配分を仕切ってきてる広告代理店の顔色を物凄く見るようになっています。その結果として、安倍政権はマスコミ要人を食事に呼んで、脅したり裏からお金を渡したり、後は、「ココだけの話」を提供したりして、自分の都合のいいようにマスコミを操ってきたのですが、
マスコミとは言え一枚岩ではないですから、そのような状況に疑問を持ち、自分の良心との葛藤の中、今回の森友疑獄のような大事件を、上の方の自粛を乗り越えて報道したい。と言う人たちが少なからずいるんですよ。

その人達が、自分たちの良心に基づいた報道の企画を通すのにひつようなのは、「この問題を報道してくれ!」と言う、非常に多くの人達からの「要望」「お願い」が、マスコミの上の人達がすぐにわかるような「数」として出てくる事なのです。

これは、森友事件を大阪マスコミの一部しか取り上げてない時期に、豊中の木村市議が裁判を起こすと朝日新聞が報じた事に対して、他の新聞社・テレビ局は、無視するか、非常に軽くしか取り上げないことが数日続き、一部の在京テレビ局(テレ東)の番組がこの問題の詳細を報じたことから、他局でも取り上げろ!と言う人達に、各局に声を届けていくように呼びかけがあり、そして、その数の多さに、躊躇していたTBSが本格的な報道を始めた事が、森友疑獄の「はじまり」である。ということからも、間違ってはいないと思います。

6.周りの人達と、少しでいいから問題意識を話してみる。

日本では、政治のことや社会のことを、周りの人に話すことが、極端にタブーにされているように見えます。これは、1970年代以降の自民党政権が着々と積み上げていった「改革」が、大きな影響を及ぼしてるのでしょう。
でも、そのままでは、この国は壊れ続けるだけだし、壊れ切ったとしても、回復はできない。
その予行演習という事も含めて、話せる状況ならば話していき、共感も反感も出てくるでしょうが、それでもやっていけば、相手の意外な気持ちや考えに触れることも出来て、お互いに刺激になるでしょう。
このことが、実は、民主主義の一番土台の土台に当たる部分なんですよね。日本の場合は、民主主義とは多数決の結果に従うことだ。とされてますが、それは全く間違ってる。
絶え間ない上に非常に広い範囲の人々の間での議論や対話と、相互調整をとことん重ねていった上で、話がまとまりきれない場合に多数決で決めて、しかし、その結果にとらわれず、不都合や不具合が出たら、気軽に軌道修正していくようにする。という、流れの全てが「民主主義」なのですから。
そのことは、この社会を建て直していく上で、二度と、このような、とことんまで壊された社会にならないようにするためには、一番大事なことだと私は思うのです。

7.棄権をやめる。棄権してきた人を投票に戻す。社会の崩壊の主役の人々を引きずり下ろす人に、投票する(投票行動については期間限定)

今の自公政権は、選挙制度がお金持ちと組織的バックがついてる人達にだけ、極端に有利な状況になってる事によって支えられてる側面が大きいです。逆に言えば、投票率が上がって、今の状況をよくないと思ってる人が大半を占め、その多くが自公政権やその太鼓持ちのような人達を落とすことが先だ。となれば、十二分に今の政権は野党に転落するし、維新の党のように自民党太鼓持ちをやってる人達も、太鼓持ちをやれなくなる訳です。

ついでに、今の選挙制度の問題は、おいおい書いていきますが、箇条書きで書いておくと:

  • 普通の人の年収の何倍もの金額の供託金を納付しないと選挙に出られない上に、法律の規定の得票が取れないと全額没収される供託金制度は、宇都宮健児弁護士たちが中心になって「違憲だから無効だ」という裁判をやっていますが、これは、金持ちやカネのあるスポンサーがいないと選挙に出れないし勝てない状態を固定化してる訳です。
  • 一つの選挙区で一人しか当選できない、衆院小選挙区制では、政党の権限が強くなると同時に、最近の低投票率の状況では、宗教などの大きな組織がバックに付いた人でないと勝てなくもなってる訳です。
  • 衆院の制度である、「小選挙区比例代表並立制」では、政党組織の権限が更に強くなって、上のほうがデタラメをやらせようとして逆らえば、「刺客選挙」や政党交付金の割当を減らされるなどの嫌がらせで潰されるのが当たり前の状況になってる訳です。
  • 一票の格差を是正するために地方の議席数を減らしすぎたことは、都会・特に東京都の官民にインフラ整備や公共事業、補助金などが集中する事を招き、地方で必要になってる交通などのインフラの維持補修や地域経済の振興がなおざりにされまくる状況を作り出したりもしてるわけです。
  • 人口に合わないくらいに議員定数が削減されすぎてる。これだと、選挙に強くて大きな与党を作れるような人達の言い分や利害だけがどんどん、強行採決も含めて通される反面、そこから外れた人達が苦しんでいても、政治がそれについて何も決められなくなるという状況に簡単になるんですよね。欧米の民主主義がある程度生きている国の国会議員の数を考えると(米国の場合州議会があるので参考にできない)、10万人に一人以上の国会議員は必要なんじゃないかと思います。衆議院であれば、900〜1100人、参議院であれば500〜600人位になるでしょうか。

まとめ

そんなこんなでここまで長くなってしまった(しかも読みづらい気がする…)文章をお読み下さり、ありがとうございました。

どうか、この状況を絶望せず、「長い闇夜が明けつつあるのだから、お日様を引っ張り出すのは、私達一人ひとりが、やれることをやれる範囲でやって行くのを、多くの人がやっていって重ねていくことなんだ」と気持ちを切り替えていってほしいと、私は思うのです。