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既成の政党にうんざりしても、そこを通さないと崩壊が止められない矛盾。

前回の記事で、多少反応があって、「大半の人は既成政党にうんざりしてるから棄権してると思う」というご意見がありまして、そこから少し考えていきましょう。

確かに、それは間違ってないと思うのです。今ある政党の不甲斐なさと言うか水面下で訳のわからない「妥協」をしがちで、多くの人が困ってる問題に関しても、党内で声の大きな人や影響力のある人が反対すると、なし崩しに変えられない方向になってしまう。そういうことが、非常に多いことは事実なんですよね。だからといって、既存の政党が期待できないから、棄権しちゃおうとか、泡沫候補に入れておこう。となると、今度は、今の与党のような組織票が強くて、でもうそつきだったり自分たちの私利私欲で政治を私物化してしまうような人達が圧勝してしまう。
そういう、大きな矛盾を、この国の選挙に関わる制度は抱えてるし、その矛盾を放置するどころかマスコミがこぞって「矛盾を拡大させるのが正しい」というようなことを長年繰り返していたことの後押しを受けて、議員定数が減らされ・小選挙区制などの組織票勝負で政党の中心の権力が異常に強くなる制度を放置し、結果として、よほどの金持ちと組織がバックにいる人以外は、選挙に出ることすら出来なくされてしまってるんですよね。

 

水戸黄門願望を抜け出すという覚悟の必要性。

ここは、変えていかないといけないし、変えるには、多くの人の政治に対する意識を「お客さん」的と言うか、水戸黄門に任せる事でいいんだ。というところを抜け出して、色々な方法で政党に対し変えることを要求しつつ、可能ならば自分たちの代表を国政に送り込むだけの状況にしていかないと、ダメなわけです。

とは言え、それを実現するには、どう考えても十年では収まらない長い期間がかかりますし、その間、何も政治に対して私達がしないでいるならば、状況がもっと悪い方向に進むのみな訳ですよ。この悪くなっていくのを食い止め、悪くなってしまったことを建て直す。という部分のことは、残念ではあるのですが、既存の政党・特に、この事態を招いた与党(自民・公明)や維新などの衛星政党ではなく、そこに対抗してる野党四党に議会の場での「力」となってもらうよりないわけです。
繰り返しになりますが、短期的・中期的にやっていく必要のあることや現状で可能な最善の選択肢を考えるということと、長期的な目標をきちんと分けておいたほうがいい。

 

社会を建て直す上での政治と「私達」のありよう。

その中でベストを目指すには、野党四党に組織になってない多くの人が意見表明を絶えず行い、個別個別の物事で要望を出しつつ、マスコミに対しては個別の問題で、自分がやってほしいと思うことについてはあまり足を引っ張るなという声を、やはり組織化されてない「数」で常時示していく事や、個別の動きでこれはいい・これはわるいからやめてくれ。という話を、政党側に上げていって、それに対する考えを向こうに情報発信させていくような「圧力の好循環」を作っていくことから始めていく必要があるように思うんですよ。
殆どの日本人は、「困ったら水戸黄門が出てきて解決してくれる。水戸黄門になれない政党は無能だ」ってイメージに毒され続けてますから、そこを解毒していき、自分が政党や政治家に対して色々意思表示したり要求したりしていき・政党から絶えず意思表示を求める代わりに、それを多少なりともやってくれる政党に対しては応援するし、マスコミや官庁や他の政党が、自分のやってほしいことの足を引っ張るなら、それを止めたり牽制したりする。という、ある種微妙な力のバランスを作っていく必要があると思うんです。

政治家は偉い人じゃないし、何かを恵んでくれる人ではない。自分やある問題で思いを同じく人達が動かし・突きつけ・その上できちんと仕事するなら支えていく対象で、言い方は悪くなってしまうけど、「私や私達の公僕・しもべ」なんだ。と言うふうに、意識を変えていきましょう。
根本から、人々と政党の関係性、選挙と私達の関係性を、変えていきましょう。

そういう人が多くなることや努力の積み重ねこそが、この国を建て直す上で、最も大事になっていくことだと思うのですね。