安田純平氏の「解放」を祝いつつ、自己責任論を繰り返すことのダメさを歴史から考えてみる。

 秋になった割には、今日は暑いですね。この一ヶ月、台風が過ぎてから身体がボロボロになって大変です。皆様もお大事に。
 さて、今までに書いてきた文章が相当な分量になったし、私の個人的な事情で貧乏さが酷いところもあるので、noteで、ここに書いたのと同じ文章を掲示して投げ銭したい人に投げ銭お願いする事を試しにやってみることにしました。

Artanejp|note
※今回の「投げ銭版」はこちら: 
note.mu

 このブログや文章に引っかかるものがあって、小銭出しても構わない。という方は、どうか、購入していただくなど、よろしくおねがいします。

 シリアの内戦地帯を取材してきたジャーナリストの安田純平氏が地元の武装ゲリラに捕まってから三年以上がたちましたが、やっと、解放されました。
 解放されるらしいとカタール・トルコ経由で話が出始めた辺りから、またぞろ「自己責任」と言う言葉がネットで出始めてる訳ですよ。この「自己責任」と言う言葉、安田氏の安否が報道されると必ずついてまわってきてましたし、それと一緒に「イラク三バカ」なんていう侮辱じゃないかと思うような言葉まで、セットにされてネットでは流れてきてたわけですね。

今の「自己責任論」のルーツは、15年近く前のイラク戦争にはじまってた。

 事の経緯は、15年以上前にアメリカの一方的な言いがかりで始まったイラク戦争で当時のイラクサダム・フセイン政権が倒された後、現地のイラク人の人達の物凄く粘り強い抵抗で、アメリカなどの軍隊が泥沼に引きずり込まれ、戦争が泥沼化してた時期に遡る訳です。
 当時、イラクでは、アメリカやイギリスなどの軍隊が、物凄く傲慢に振る舞っていて、占領した地元の人達の家に押し入って、武器を狩ると称して家財まで持ち出したりとか、学校や病院を「戦闘に必要だ」と言って強引に占領していってた訳ですよ。
 その事で、現地の人達は抗議デモしてたんだけど、途中から、特に米軍がデモしてる人たちに対して銃撃するようになって、イラクの人たちが銃を取って反撃するしかないような状態になってしまった訳です。
 そういう状態で長い間泥沼化し、サダム・フセイン政権が崩れたことで市中に武器が流れてイラクの人達の武装も強化され、そうすると米英軍からするとイラク人が邪魔になるから…という事で、ファルージャで行われたように女子供以外は街に閉じ込めた上で、砲弾や白リン弾を大量に街に降らせて市民を焼き尽くそうとするようなベトナム戦争以降最悪といっていいような戦闘というより大虐殺をやっていく一方、アメリカなどの自国だけでなく日本などの「同盟国」に対してもそれを報道させないように圧力をかけてる状態があったのです。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/edit/neareast/iraq/falluja/fallujanews.htm

d.hatena.ne.jp

 そういう中で、周辺の国々や(ロシアに事実上滅ばされた)チェチェンなどのカフカス諸国から、「義勇兵」であるイスラムゲリラ達がイラクの抵抗を支援すると称してはいってきて、そこには昔からアメリカに恨みを持ってるアル・カイダ系の人達もたくさんいてその人たちが仕切るような地域がどんどん出来てしまった訳です。
 皮肉な話ですが、アレだけマスコミで「悪」と言われてたサダム・フセイン政権が、あの一体が泥沼の戦争になるのを抑え込んでた訳ですよ。蛇足ですけど、今のシリアのアサド政権も似たような所があると思ってます。

身を張ってイラクの惨状を伝えたり、惨状を少しでも止めたいと考える「義の人々」が平和な日本では「三バカ」などと罵られてしまった。

 当然、ものすごい数の戦災孤児が産まれてて、その人達を支援できないかとイラク現地に入ってた高遠菜穂子氏と、イラクの「本当のこと」を報道するために入ろうとしてた安田純平氏、マスコミが報道しようとしてない「現実」を見ようとしてた今井紀明氏の三人が、陸路でイラクに入ろうとしてたのですが、運悪くゲリラに捕まってしまった訳です。
 この時は、早い段階で日本政府がゲリラに身代金を払い解放されたのですが、この事件が起こった当初から、ネットを中心にして「三バカ」「自己責任だ」という言葉に基づく、超えちゃいけないラインを超えた罵倒とか家晒しなんかが2ちゃんねるの「ニュース速報」板を中心に行われてた訳ですよ。
 当時私は「それはダメだ」と言う風に突っ込んでたけど、なにしろこの「罵倒や家晒し」が、24時間絶えずに、しかも30秒に一個はレスが投稿されて、「三バカ非難」でスレッドどころか板全体が染まってしまったんですよ。そういう中では、「それはダメだ」と言うのは、本当に無力だった。
 当時は、SNSができる前で、mixiですら試験運用が始まる前だったと思いますので、この2ちゃんねるのネット言論への影響力というのは、今の私達の想像を遥かに超えるほど大きかった。

 今問題になってる「自己責任」発言は、実は、この2ちゃんねる側で事前に出てきた話を政治家が利用した形になってたと記憶しています。
www.buzzfeed.com

 そして、この「ネットを入り口にして政治や一部マスコミも一体となって人質たちを叩いた」事で、三人は非常に精神をやられただけでなく、日本国内での生活もできなくなってしまったんですよね。この辺りは、映画「バッシング」が非常に忠実に経緯を描いてますが。
 そして、三人はしかし、そこで完全に心おられることなく、元々自分達がすべきことを見つめ直し、粘り強くやっていった訳です。
eiga.com

http://fallujah-movie.com/

 当時、私の記憶では、官房長官安倍晋三福田康夫でした。どちらにせよ、今の総理大臣である安倍晋三は要職にいた。
 その事と、今回の「安田さん解放」の直前から「自己責任」論が鎌首をもたげて、それをマスコミの多くが「自己責任と言うべきでない」と反論する報道をしてるという今の状態とは、関係があると思うんですよ。

今の安倍総理は、ネットの世論工作で出世した人ではないか。

 安倍晋三という人がのし上がっていった過程には、「ネット世論を後ろ盾にした”反サヨク”ムード」「北朝鮮の脅威を過剰に煽るためにネットとコラボした」と言うのが、それこそ2002年のワールドカップで「嫌韓煽りのためのフェイクニュース」がネットで流されて嫌韓や民族差別がネットの主要コンテンツになる前から、その一二年前からつきまとってる訳です。
 彼は、ネットの言論を操作し・北朝鮮の脅威や「犯罪者」の脅威を煽り、その事で日本からある種の人権意識を根こそぎ焼き払うことで、総理大臣になった人物だと言っていいのです。
 その総理や総理を担ぎ上げている人達からすれば、何年間もバッシングを煽り、社会的に「殺して」やろうとした人達が、どうにか耐えて・折れずに自分のやるべき道を進み続けてる。ということ自体が、許し難いことと思われてるでしょう。
 学校でのいじめとか職場でのパワハラとかでの加害者にも、度々見られる話で、今もジャニーズ事務所の関係なんかだと、事務所とマネージャーが揉めてマネージャーの側についた「新しい地図」の三人をどうにかして潰せないかと、ジャニーズ事務所がえげつない手段で嫌がらせに動いてるのなんかも、おんなじ精神構造だと私は思います。
www.johnnys-watcher.net
www.asagei.com

社会が変わってしまったことで、「自己責任論」が使えなくなってる事をわかった人達も出てきた。

 そして、それを受け止める社会の側はどうか?と言えば、そのような非常にレベルの低い煽りがこの15年間で沢山あって、今は特に多くのものがツイッターなどで意図せず可視化されちゃう上に一方的でないような形で情報を集めることも、さほど難しくない時代ですから、「前の自己責任論でどれだけ世の中狂わされたのか」って反省の気持ちのほうが大きくなってるように見えるんですよね。
 もう、「自己責任論」とかいう程度の低い詭弁に騙されちゃいけない。って多くの人・それも、「保守文化人」ですらそう思ってる人が少なくないし、マスコミも「自己責任論」に加担したという反省があってか、非常にすばやく、「自己責任論良くない」って論調を貼ってますよね。それこそ、産経新聞ですら社説でそう言わないといけなくなってしまってる。
www.sankei.com
blogos.com
 ここには、ある種の希望もあるかな。と思ってます。声の大きな人達が、それこそ24時間・365日交代してネットに貼り付いて自分達と反対側の意見や事実を罵る。と言うのは今はもっと盛んになっちゃってますけど、その手のことで散々な思いした人や良心を痛めた人も沢山いるから、その手の人達を真面目に相手する事なく、理詰めで・論理建てて批判する人達というのが、それぞれの問題で多くいる訳で。
 その手の人達は、嘘八百を並べて人々を惑わそうとする人達からは「差別者」「差別煽ってる」と非難されがちですが、その事があっても、曲げずに粘り強く議論が広がって事実が伝わるようにやっている。
 こういう事がもっと大きくなり、色んな流れで行われることで、「たちのわるい物言い」「権力や権威を嵩に着て脅す人々」と言うのが、単に喚き散らしてるだけで社会的影響力をなくす流れにつながっていくと思うのです。